タルコフスキーの自伝的要素の濃い作品である。過去と現在を交差させる中から、<私>の記憶が蘇る。第二次世界大戦、中国の文化大革命、宇宙開発、中ソ国境紛争など、激動の世界情勢も描かれ、心象風景が次第に形づくられてゆく。見た後、いつまでも余韻が残る不思議な魅力に溢れる作品である。ちなみに母のカットに流れるのは、タルコフスキー自らが詠む実父アルセニー・タルコフスキーの詩である。


木立に囲まれた祖父の家で、たらいに水を張って髪を洗う母。干し草置き場で火事があった年、父は家族のもとを去った。そして今、母からの電話で夢から醒めた“私”は、母が印刷所で働いていた頃の同僚が死んだことを知らされる。“私”も両親と同じように妻ナタリアと別れ、息子イグナートと離れて暮らしている。


『鏡』Mirror
(1975年/ソビエト/110分/カラー)
監督:アンドレイ・タルコフスキー
出演:マルガリータ・テレホワ、オレグ・ヤンコフスキー、イグナート・ダニルツェフ、フィリップ・ヤンコフスキー、アナトリー・ソロニーツィン、アッラ・デミードワ、ニコライ・グリニコ
脚本:アレクサンドル・ミシャーリン、アンドレイ・タルコフスキー

1932年4月4日、旧ソ連ヴォルガ川流域のイワノヴォ地区、ユリエヴェツの近郊ザヴラジェ生まれ。父は詩人として著名なアルセーニイ・タルコフスキー。幼くして両親が別れ、以後、母親に育てられる。
1962年、長編映画第一作『僕の村は戦場だった』を監督。ヴェネチア国際映画祭でサン・マルコ金獅子賞を受賞。1967年にはロシアの伝説的な画家を描いた『アンドレイ・ルブリョフ』のシナリオを完成させるが、歴史解釈をめぐってソ連当局の激しい批判を受け、5年間上映を禁止される。一方で同作品は1969年のカンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞。ソ連では1971年12月にモスクワで公開された。その後も『惑星ソラリス』(1972)、『鏡』(1975)、『ストーカー』(1979)と映画史に傑出する作品を世に送り出し、世界的な評価を確立。しかしソ連国内の厳しい検閲は依然としてあり、はじめてソ連国外で製作された長篇第6作が『ノスタルジア』(1983)である。翌年完成し、カンヌ国際映画祭に出品されると特設された「この映画の創造に対する特別大賞」など受賞。ロンドンでオペラ「ボリス・ゴドゥノフ」を演出した後、1984年、事実上の亡命を宣言。1986年にスウェーデンとフランスの合作映画『サクリファイス』が完成。カンヌ国際映画祭で審査員特別大賞、国際映画批評家連盟賞、エキュメニック賞、芸術特別貢献賞を受賞。同年12月29日、肺がんのためパリにて死去した。享年54歳。葬儀はパリの聖アレクサンドル・ネフスキー寺院で執り行われた。
Filmography
1960 『ローラーとバイオリン』 Katok i skripka
1962 『僕の村は戦場だった』 Ivanovo detstvo
1967 『アンドレイ・ルブリョフ』 Andrey Rublev
1972 『惑星ソラリス』 Solyaris
1975 『鏡』 Zerkalo
1979 『ストーカー』 Stalker
1983 『ノスタルジア』 Nostalghia
1986 『サクリファイス』 Offret