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8月28日(金)公開
8月28日(金)公開
誰のための法なのか──立ち上がる性暴力サバイバー
本作は、勇気をもって自らの声をあげた性暴力サバイバーたちの姿を追った、5年にわたる記録である。
2019年、日本各地で性犯罪の無罪判決が相次いだ。
女性が抵抗できない状況にあったと認めながらも男性が「同意したと勘違いしていた」、「女性による明確な抵抗がなかった」、「抵抗できたはずなのにしなかった」などとする無罪判決──。
なぜ、加害者に有利な判決が繰り返されるのか。性暴力の被害者は、なぜこれほどないがしろにされ続けているのか。こうした状況に、「これ以上見過ごすことはできない」と人々が立ち上がり、自らの悲しみ、怒りや苦しみを自分自身の声で語り始めた。その声を受け、「決してなかったことにしてはいけない」との強い思いで撮影を続けたのは、数多くのTVドキュメンタリーを手掛けてきた濱地咲季監督。濱地監督は2019年から、性犯罪に関する刑法改正に取り組む人々を取材してきた。ドキュメンタリー番組の放送を経て、その闘いの記録を長編映画として残すことを決意、さらに取材を重ねて完成させたのが本作である。
数多くの小さな声が、現実を動かした
「同意のない性交というだけでは罪に問うことができない」という現実に対し、一人ひとりの声は全国へと広がっていく。実父からの性加害によるトラウマやPTSDに苦しむ女性たち。職場での度重なるセクハラに抗うことができなかったシングルマザー。制度の想定からこぼれ落ちてきた性的マイノリティの人々の被害。男性の被害者もまた、その経験を語りはじめた……言葉にされることのなかった現実が少しずつ共有され、性暴力の根絶を目指す「フラワーデモ」や「#MeToo」、被害者との連帯を示す「#WithYou」など、全国へ拡大していく。そしてついに2023年7月の刑法改正へと社会を動かし、「同意のない性交は犯罪である」と明確化されたのである。
今なお、性暴力は根絶してはいない。しかし、5年にわたる撮影は、勇気をもって声をあげた一人ひとりの声の連鎖が社会に刻んだ、大きな一歩を記録している。



広場に集まり、マイクを手に、ぽつりぽつりと語り始める人々。一人が語り始めると、それを囲む人々が静かに耳を傾ける。そこで語られるのは、自らが受けた性被害である。被害がもたらした苦しみや憤り、そして「同意のない性交というだけでは罪に問うことができない」という、加害者に有利な刑法への問題意識が共有されていく。
2019年、日本各地で性犯罪の被害者を軽視する判決が相次いだ。女性が抵抗できない状況にあったと認めながらも、「同意したと勘違いしていた」として無罪とされた判決(2019年3月12日福岡地裁久留米支部)。「明確な抵抗がなかった」として無罪とされた判決(2019年3月19日静岡地裁浜松支部)。さらに、未成年の娘に対する長年の性虐待についても、「抵抗できたはずなのにしなかった」として無罪とされた事例(2019年3月26日名古屋地裁岡崎支部)など、社会に大きな衝撃を与えた。本作は、こうした状況に対して声をあげた人々を追ったドキュメンタリーである。実父からの性加害によるトラウマを抱え続ける女性、職場でのセクハラ被害を経験したシングルマザー、制度の想定から外れてきた性的マイノリティの人々、男性の被害者など、それぞれの立場から被害の実態が語られていく。こうした声は「フラワーデモ」や「#MeToo」、被害者との連帯を示す「#WithYou」など、同意のない性交を性犯罪とすることを求める運動へと発展した。2020年3月12日、名古屋高裁は、無罪とされていた父親の事件について判断を覆し、有罪判決を下す。さらに2023年7月には刑法が改正され、「同意のない性交は犯罪である」と明確に位置づけられた。
明治時代に成立した刑法は、激しい抵抗がなければ性犯罪と認められないことや、地位や立場の差を利用した性加害に十分対応できていないこと、性行同意年齢が低いことなど、多くの課題を抱えてきた。現在もなお問題は残されているが、本作は、声をあげ続けた人々の歩みと、その積み重ねが社会を動かした5年にわたる記録である。




『声をあげるということ -性犯罪 刑法改正の記録-』
(2026年/日本/80分/カラー)
監督:濱地咲季
出演:山本潤、北原みのり、田嶋みづき、石田郁子、睡蓮みどり
製作:東京ビデオセンター