
©mocushura
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第13回全州国際映画祭韓国映画長編部門大賞&観客賞(2012年)
第65回エディンバラ国際映画祭学生批評家賞(2012年)
第34回ナント三大陸映画祭インターナショナル・コンペティション部門スペシャルメンション(2012年)
新婚気分が残る夫婦の日常を至近距離から見守る、生活感あふれるラブストーリー。
「善良な人たちの暮らしを見つめる寓話を作りたかった」というチャン・ゴンジェ監督の言葉通り、個人的でミニマルな物語であると同時に、誰でもが「わたしの物語」だと共感できる広がりを持っている。制作にあたって最も影響を与えたのはポルトガルのペドロ・コスタが手掛けたドキュメンタリー「ヴァンダの部屋」(00)。ふたりの俳優と最小限のスタッフでチャン・ゴンジェ監督の自宅に泊まり込み、「静物画を撮るように淡々と」撮影を行ったという。現場で録音した音を重ねた深みのあるサウンドもペドロ・コスタ作品からインスピレーションを得たという。事前に脚本を作らず、その場面でどんな会話を交わすのかといったテーマだけを決め、俳優たちと話し合いながらセリフに落とし込んでいった。また、夫婦ふたりの親密なシーンの空白を最小限にするため、4対3のアスペクト比が採用されている。
当初、実際に夫婦である俳優のキャスティングを試みようとしたが、うまくいかず、旧知のキム・スヒョンに夫役をオファー。さらに妻役には「知的かつエレガントな」声の持ち主であるキム・ジュリョンが起用された。『イカゲーム』(21)への出演後、エキセントリックな演技を得意とする俳優として広く知られるようになった彼女だが、本作では夫と過ごす穏やかな日々を愛しみ、子どもを持つかどうかで悩む等身大の30代女性をのびやかに見せている。
結婚から2年が過ぎたものの、いまだに恋人同士のように親密に毎日を過ごしているヒョンス(キム・スヒョン)とジュヒ(キム・ジュリョン)。ヒョンスはいりこの加工工場に勤め、ジュヒはヨガ講師として働いている。目下の悩みはヒョンスの休日出勤で、短時間労働ながらも片道1時間半もかかる職場に行かなければならないことを心配したジュヒは、社長に掛け合って正当な手当てをもらわなければならないとヒョンスに念を押す。もちろん、そんな夜でもふたりは堅く抱き合い、キスを交わしながら眠りにつくのだった。
ある休日、アイスキャンディーを片手に公園で遊ぶ家族連れを見ながら子育てについて話し合うヒョンスとジュヒ。父親と母親が交わす視線には恋愛時代のような特別な感情が見えないと言うヒョンスに、ジュヒはそんなことはないと言い返す。
母親を訪ね、台所仕事を手伝いながら話をするジュヒ。そろそろ子どもを持てという母にまだそんな気になれないと答える。一方、ヒョンスは親しい後輩と酒を飲みながら、理想的に見えた彼ら夫婦が離婚に至るまでの経緯を聞いている。
仕事帰りのジュヒを駅まで迎えにいくヒョンス。しかし、自転車置き場にあるはずの自転車が盗まれてしまっていたことでジュヒは落胆する。家に戻り、ヒョンスが買ってきたワインとケーキを前に話をするふたり。自転車とは縁がなかったかもしれないけれど、もし、子どもを授かったらそのことを受け入れて育てて見たいと、ジュヒがつぶやく。
『眠れぬ夜』劇場初公開 잠 못 드는 밤/Sleepless Night
(2012年/65分)
監督・脚本:チャン・ゴンジェ
出演:キム・スヒョン、キム・ジュリョン
最新作「ケナは韓国が嫌いで」が公開となるチャン・ゴンジェ監督。
2009年に発表した「十八才」はロッテルダム、香港など12を超える国際映画祭に招待された。それまでにない感覚を持つ新世代の監督の誕生は、韓国のインディペンデント映画界におけるひとつの“事件”となった。
第3作「ひと夏のファンタジア」(2014)は、韓国でインディペンデント映画としては異例の3万人以上の観客を集め、チャン・ゴンジェ監督への注目度もアップ。
「十八才」、第2作「眠れぬ夜」(2012)で撮られたのは“自分自身”ということ。「十八才」では自分自身をモデルとし、「眠れぬ夜」では30代だった自分と妻の関係に目を向けた。
「ひと夏のファンタジア」では、モノクロとカラー、ノンフィクションとフィクションの融合という新たな形式を生み出し、映画は幻想性を纏った。その手法は2時間の間に演劇を入れ込むことで主人公の現在と夫婦の過去を並行して描いた「5時から7時までのジュヒ」(2022)にも表れている。
俳優、撮影、監督、プロデューサーと、様々な立場で映画にかかわってきたチャン・ゴンジェ。
現在の彼は「プロフェッショナルとしていい作品を作りたいという気持ちが強い」と語る。もちろん、彼はすでにデビュー作「十八才」から、独自の美学とリズムを持った映画作家であり、恋愛と結婚という普遍的なテーマを、リアルでありながらも幻想的な手法で見せてきた。
最新作の「ケナは韓国が嫌いで」は2023年の釜山国際映画祭のオープニングを飾るなど、インディペンデント作家のトップランナーとして、キャリアの可能性を開拓し続けている。今回、その軌跡が日本ではじめて辿られる。
【映画監督チャン・ゴンジェ 時の記憶と物語の狭間で】
配給:A PEOPLE CINEMA/chocolat studio